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第2章 家庭犬として・・

第一話 * まだまだ現役

 犬で9歳という年齢は、人間で言うと55歳くらいである、と日本警察犬協会のページに記されているが、トミーのような大型犬で長期に訓練所暮らしをしてきたり盲導犬などのように働いている犬は実際にはもう少し上に該当するのではないだろうか。大方の場合、シェパードの寿命は10歳くらいであることからしても、もううちに来た時点ではおじいちゃん犬になっていたと思える。
 しかし、実際の活動はほとんど無かったが、トミーはそれから3年間、島根県警の嘱託を受けさせていただいたくらい、確かな嗅覚だったし、山陰に一度、子孫も残している。
 でもまあ、うちに来てからは他の犬友達と遊んだり、いろいろな人達にかわいがってもらったり、のんびり楽しくその老後を送ることができたのではないかな。

第二話 * スピード違反

 最初の年、娘はまたまた周囲の人にすすめられるままに、その年の県の嘱託犬の審査会を5月に三瓶山で受けた。審査方法を少し説明すると、トミーが受けるのは足跡追求と言って、人が歩いたコースをたどって行って、途中で何らかの物品を見つけるものだ。係りの人が犯人・行方不明者を想定して、何度か方向を変えながら途中にたとえば割り箸とか布切れなどを落として歩いた跡を捜すのである。正確にコースをたどることと、物品の有ったポイントで止まってそれを指導手(その犬を連れて捜査に出す人)に教えることで警察犬としての能力を審査される。
 トミーについての情報を耳にされた県警関係者の方達も注目されていたのだが、そんなことなどまったく無関係にトミーは迷うことなくスッスと課題をこなした。あまりの短時間にやってしまったものだから、
「こりゃ、スピード違反だなあ。キップ切らんといけんなあ。」と県警のどなたからか、そんな冗談が聞かれたらしい。



嘱託犬
・・・警察犬には各都道府県警が所有して捜査につかう直轄犬と、民間で所有されボランティア的に依頼を受けたとき出動する嘱託犬の2種類があり、各都道府県の警察署によって年1回の審査会で1年期限の嘱託犬を選んでいる。なかには嘱託犬のみの所もあるそうだ。頭数から言えば、直轄犬は僅かで、嘱託犬が圧倒的に多いのが現状。

【シルフィー 赤ちゃんの頃】’94
第三話 * トミーの耳 熊との合いの子?

 シェパードといえばピンと正面を向いてたった大きめの耳が浮かぶが、トミーの耳はうちに来た時にはすでに途中から耳の先がよれたようになって折れていた。両耳とも。だから初めて見た時、何かが違う気がしていた。イメージとかけ離れて思えたのだ。
決して彼がオトシだったからじゃなく、耳の病気のせいだった。ああいう外を向く耳を持つ犬はどうしても疾患が多いようだ。でもまあ、聴力はまだ正常に働いていたので問題は無いのだが、よく人から犬種は何なのかと質問されたものだ。それに、彼はとても穏やかなやさしい目で人なつこい甘ったれだったし、私達から見れば、迫力無い感じにも思えた。それは真近にいて彼を知るものだけのイメージかもしれないが。
でもホント、おかしなことに騙される人もあったっけ。時々、私たちが冗談に「熊と混じっているよ。」と言ったりすると、「ヘエー」と頷かれたこともあった。・・・な、ワケないでしょうに!
 
 牡の成犬以上老犬なので、若い牡犬相手に俺様が一族郎党のボスだと言いたそうにしたり、赤ちゃん犬や子供犬にはめっぽうやさしかったり、どこかの町内に一人必ずいそうな、風采は上がらないおじさん犬に見えたり、時には私達は彼になめられてるのじゃないか、とも思えたり。老犬の風格を感じられる時もあったが、犬とも思えぬ人間臭さみたいなものがトミーにはあったような気がする。実に多くの表情を思い出す。

 第四話 * 飼い主交代ー遠吠えだよ〜

 95年3月31日。トミーを佐藤さんに預けて、娘と1才になった牝犬シルフィーを生駒へ連れて行った。長女は1年間の嘱託犬指導手の任期が切れる前の4月から、トミーが訓練を受け暮らしてきた阿部弘明氏の許で住み込みで、本当の訓練士の資格取得を目指すことにした。トミーを私達に託して。
 春のぽかぽか天気に日当たりの良い建物の南の空き地。松の木に繋いだトミーの前に、もう娘も仔犬も姿を現さなくなった。中で仕事をしていたら、珍しい声でトミーが泣いている。彼の太い声はなんだか「ゥモーッ〜 ゥモーッ〜」と聞こえてくる。そう、それはトミーの遠吠え。青い空の下で、娘を呼んでいるのか、その声の滑稽さと同時に悲しさがやってきた。私達にとっても初めて我が子を遠くへ出すという出来事だった。仔犬も可愛いい時だった。トミーは娘と仔犬が遠くへ行ったことをすぐに察知したものと思う。
 そんな泣き声は後にも先にもその時だけだったと思う。3日か4日続いて、ピタリとあきらめたように泣かなくなった。

 それからは夫がトミーの所有者になり、娘に代わって2年間の嘱託も受けることになって行く。  

第五話 * お引越ししました

 96年7月。それまで商売の拠点にしていた黒田町を事情により立ち退くことになった。新しく借りることになった嫁島町の現在の営業所には戸外に犬小屋を置くスペースはないので、トミーは松江城にすぐの夫の実家の庭先で飼うことになった。それまで、友人の工務店さんのお世話でとても頑丈な鉄骨の囲いをしていたが、中に設置していた木製の小屋1頭分だけをテラスに置くことにした。
 80代の年老いた両親が二人だけの家にトミーが行けば、ちょうど番犬にもなり、両親の楽しみにもなる、と一石二鳥。但し、大型犬の世話まではお願いできないので、朝夕、誰かが通ってしなければならなかった。しかし、これもいずれにしても普段毎日のように通う所なので、一石三鳥というのか二石三鳥というのか・・・そんな訳で、トミー君はお引越しをした。
 旧市内の実家は観光名所の真ん前の道路からすぐ入った所で、玄関へ着く前に庭を横にするようになっていて、来客時に吠えることは避けられなかったが。
 初めの1週間はまだここが自分の住処だとは思わないのか、よその家で遠慮するようにほとんど吠えなかったが、やはりそれからはご近所の皆さんには申し訳ないが、特に知らない人とか郵便・新聞などの配達する人には吠えていた。私達がそこにいて注意すれば、制止できるのだが。まあ、限度内の吠え方だったと思う。それから、年老いるばかりだったし。
 
 しかし犬はよく人を見ているもの。例えば、自然と人に順位をつけるようで、うちで彼を世話する人間では娘と夫は同位置として、次に私、となっていた。直接関わらなくても家族はわかるのか、長男はトミーと会うこと自体が少なく、散歩・えさやりも無関係、触ることさえしなかったが、トミーの方は歓迎しているようだった。
 下の娘に関しては、トミーは少し違う反応で、つまり異性として(?)として好きだったのかな?・・・同じ立場的錯覚を抱いているように見えた。(つまり、同じ犬の仲間のように思っていたのかな?)彼女が来ると、いつもそわそわ落ち着かないトミーおじさんだった。

第六話 * 城山ワンワンクラブ

 お引越しに伴い、トミーの散歩のエリアが松江城周辺へと変わった。広い城山公園内は散歩コースとしてうってつけ。大手前から中に入るとすぐに、広い草地の広場がある。トミーはもう老犬の部類だったので散歩のほとんどをここですませた。よく土産物のお店の前のベンチのあるあたりで時を過ごした。
 近隣に住む人達ばかりか、離れたところから車に愛犬を乗せてやって来る人達もあって、だんだん顔見知りも増えて行った。犬同士、人間同士あいまみれて、特に土日ともなると大きな集団ができるようになり、城山ワンワンクラブなるものができた。互いに情報交換や世間話する程度のお付き合いだったが、話がまとまって飲み会やハイキングに夫や一時帰省していた長女が参加したこともあった。犬の名は分かっても、飼い主さんの名前や連絡先は分からなかったりしていたものだ。
 その中で、トミーは最長老の牡だったので、初めの頃はボス風を吹かしていたっけ。回りの牡は2才くらいが多く、時にはトミーの上に立とうとするが、何かあると、まだトミーにはかないそうも無かった。
「ほら、トミー君に叱られるよ!」なんて、言われたりしながら、みな伸び伸びと遊んでいた。97年3月当時の名簿には35頭(匹)があがっているが、流動的に入れ替わりがあった。公園内の規則の問題もあって、そのうち分散して行ったけど。
 犬の種類はさまざまだったが、引っ越した当時はゴールデンリトリーバーが一番多く、次にビーグルだった。シェパードはトミー一頭だったが、大型犬も小型犬もごちゃまぜだった。ここで偶然、2組、ゴールデンとコーギーのそれぞれで兄弟姉妹の対面もあった。

 第七話 * ポテちゃんを守るぞ!

 その仲間の中に、城山の近くから来られるYさんのうちのポテちゃん(本名ポテト・ビーグル)という1才に満たない牝犬がいた。連れてくる女の子もまだ小学生だったと思うが、どちらもちっちゃくて可愛いかった。
 ポテちゃんがみんなの輪の中から外れそうになると、トミーはその行き先へ先回りしては群れ(?)から離れないようにすることがあったのだが、ある日、ミッキー君と言うビーグルのお兄さん犬が近づいたところ、ポテちゃんが逃げ出し、さらにミッキーが追いかけ、大手前の入り口方向へと2匹が離れていく事態が起き、それをトミーが追い始めた!
 入り口の寸前でミッキーは追うことを止めたが、ポテちゃんは外へ出てしまい、トミーもそのまま・・・・・・あわてて、ポテちゃんのおねえちゃんと夫が後を追うのだが、堀端でトミーの姿を確認したものの行方がわからなくなってしまった。
 ちょうど通りかかった観光客の人からの情報で、どうやらポテちゃんの家の方向へ行ったようなので、車道を横断した向こうの路地へ入っていくとトミーがうろうろしていたらしい。そして、家にちゃんとポテトが帰っていることを確認して事無きを得た。見た人達は驚いたと思うが、車がもしも走っていたとしたらどうなったことか、お年寄りや幼いこどもとぶつかったりしたら・・・・と、考えれば恐ろしくなる。ヒヤリとする事件だった。
 リードから放して遊ばせていた。ポテちゃんを守ったなどと、自慢できることではない。いろいろな事態を想定したうえで、尚、安全であるという条件下でなければ、安易にしてはならないことだったと思う。小さい犬だろうが大きい犬だろうが、どんな犬でもいつどんな予期しないことが起きるか分からないのだから。
 そんなこともあって、それからはトミーはリードはなるべく外さないようにした。他の犬が開放されているのを見て、駄々っ子のような声で訴えていたこともあったが。

 トミーは3年間の県の嘱託犬を終える頃までに次第に老いが進んできて、そんな犬仲間の中でも立派な大人になっていく若い犬たちの目にもそれは分かるようだった。特別争うまでもなく、次第にワンワンクラブも大集団で集まるようなことがなくなった。 

第八話 * トミー流耐暑法はコレ!

 ・・・なんて見出しをつけたけど、特別なことでも何でもない。トミーが夏場、暑さをしのぐためによくやっていた涼しい過ごし方。あまりにありきたり。きっと、庭で飼われているワンちゃんたちもよくやっていること。
 それは、隣家とのブロック塀のかげのひまわりや榊の木が植わっている一角の、隙間の地面に穴を掘って横になることだった。家主のマサオおじいちゃんがしきりと、テラスに日除けのためにダンボールなどで造作したりするのだが、曲げないトミーだった。マサオおじいちゃんは、これまた世話好きときてるから、良かれと思ってやっているのにね・・・
 そんな、爺さん同士(!)のやりとりもありました!
(96・97年の夏だけだったのか、もう散歩もできなくなっていた98年には後ろ足を引き引き、やはりそこへ行っていたようにも思う。よほど、お気に入りの場所だったようだ。)

第九話 * 犬質(?)になったトミー     

 訓練士になるためにいくつか方法が有って、厳しいけど住み込みで訓練所の犬の面倒を見ながらその資格を取る道を選んだ娘。その道は遊びたい盛りの若者にはかなり厳しいものがあって、決める際に、周囲の知る人達からも訓練所の方からもその厳しさを聞かされていた。一人前の警察犬訓練士になるためには、見習いとしての下積みから始めて5〜6年間は必須であると。しかも、なにしろ生き物相手なので、その仕事内容はきつくて、汚い作業もある。特に阿部さんの訓練所では厳しくしている、と社長自らおっしゃっていた。
 しかし、娘が途中でつまずいたことがあった。主な理由は腰を痛めたことだったが、1年あまり経った時点で、長期のお休みをいただいて帰ってきた。お休みと言うより、その時点での所長との話し合いで、きっぱりあきらめることになって、身の回り品もすべて片付けて帰っていた。でも半年間のブランクの後、周囲のみなさんの励ましで復帰させていただくことができた。

 その復帰する時のことだ。ある日、向こうで可愛がっていただいていた訓練所のお客様のある方が、娘に手紙をくださった。腰が良くなったら、帰ってきて下さいと。その方の所有されている牝のラブラドールリトリーバーのお世話をさせていただいていて、娘は気に入っていただいていたらしい。
 
 マープルちゃんというその犬が初めてのお産をすることになった。実はこの時、訓練所の社長である奥様と内々に相談して、私達は画策を練って、あきらめて地元で就職しようとしている娘にもう一度がんばる気を起こさせようとしたのだ。
 これは異例というか、特別な計らいであった。本来、甘い考えで見込みのない見習いとして訓練所の方からは見限られた立場にあった娘だった。

*(おことわり  掲載写真は本文とは異なるものです。)
 娘に、「マープルちゃんが産んだ赤ちゃんを見に来なさい。ついでに、所長がトミーちゃんに会いたがっているから連れておいで。」と連絡があった。97年の1月の末だったろうか・・・
 言われるままに再度、訓練所へ向かい着いた娘に社長さん、先輩訓練士さん、同期の人みんなで、熱心に再起をすすめて下さったのだ。ママになって赤ちゃんに囲まれたマープルちゃんを見ることも大いに刺激になっただけではなく、皆さんの励ましのおかげで娘はもう一回がんばってみる気持ちになった。腰の状態も大丈夫のようだった。
 そして、娘は一端、準備のために帰松するのだが、また気持ちが揺らぐことがないように、念を入れるように、トミーを訓練所へ置いて行くことになった。まるで、人質のように!
 そして、置いて帰られてしまったトミーと言ったら・・・・この続きは次回のおはなしにしようと思います。  
[次頁へつづく・・]          前のページ▲▼次のページ