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序   章
第1章 出会い  * トミーの耳  熊との合いの子? 第3章 被介護犬
 * 初めての開放  * 飼い主交代ー遠吠えだよ〜  * 散歩ができなくなった
 * ドブ川へ飛び込む  * お引越ししました  * オムツしちゃった
 * 初めての競技会  * 城山ワンワンクラブ  * 「後へ!」はないでしょうよ
 * トミー&シルフィー犬舎  * ポテちゃんを守るぞ! 第4章 別れ
第2章 家庭犬として・・  * トミー流耐暑法はコレ!  * 最後のバースデー
 * まだまだ現役  * 犬質(?)になったトミー  * 最後に・・・アリガトウ
 * スピード違反  * うちのポチになってしまったトミー  * 大山メモリアルパーク
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::まえがき::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
トミー(犬名 アルノ・ヤスダ・シ)は1999年1月14日の夜、最後の飼い主の主人と二女に看取られて14歳と5日目に天国へ旅立って往きました。ジャーマン・シェパードにしては長寿でした。我が家の
"ポチ "として過ごした4年と11ヶ月は短い時間でしたが、そのトミー君との出会い・その間の出来事・
13ヶ月間の介護の日々・別れを通して、私達家族が感じ取ってきたことを涙腺弛緩症のハハが定期便でお届けします。
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序   章

 「お父さん、トミーの口から舌がでてるよ。」と娘が言って、夫が触れた時にはすでに舌が冷たかった。それから数分後、トミーは3度ほどのけぞるように大きく息を吸うとその頭をガクッ!と落とした。思わず「トミー!トミー!トミー!」と夫は叫んだ。するとその瞬間、すでにこときれたはずの彼の口が3度ほど、何か言うようにパクパクパクと応えたという。
 最後のご主人様になった夫と、トミーが大好きだった下の娘の見守る中で、トミーは天国へ旅立って行った。
 
 その日の昼には獣医さんが往診して点滴して下さったのだが、午後から夕方にかけて2度ばかり嘔吐したそうで、もうその瞬間は間違いなくやってくることを覚悟していた。玄関の土間に横たわるトミーの傍から離れようとしない娘に声をかけると、「離れようとすると、トミーが呼ぶもん・・・」と言うので、まさかと疑った夫。もう吠える力も声さえも出せるはずもないのに、本当に、娘が立ち上がろうとすると、もう見えないであろう目と首をそちらに向け、口をやっと動かし聞き取りにくいほど微かな声で確かに呼んでいたそうだ。その時から娘はティシュの箱を側に、泣きながらその身体を撫でてやっていた。遅れてやって来てトミーの最期の一部始終を聞かされ、間に合わなかったことを悔やみながら私もまた泣いた。
 
 アルノ(ヤスダ・シ)としてではなく、うちのポチ・・トミーとして過ごした4年11ヶ月の間には多くのことを私達は学んだ気がする。人間に忠実に従い、裏切ることをしないワンちゃん達はエライ!ペットと良い関係を持ちたいと思う。これから、現在、使役犬として働く多くのワンちゃん達や日夜そのワンちゃん達と苦楽を共にする人達にいっぱいエールを送って行きたいと思う。


第1章 出会い
第一話 * 初めての開放

 なにせ、ポンッと前所有者さんから託されたのだ。我が家ではこれまで、犬を飼ったことがなかった。私たちが住んでいるのは3DKの県営の住宅なので、もちろん動物を飼うことは禁じられている。それが何故?って・・・
 ここではそのいきさつはまだ伏せることにして、トミーの住家はうちで商売の拠点にしていた松江の黒田町が始めだった。松江城まで歩いて1km弱の幹線道路沿いだが、すぐ後ろには田んぼ、その向こうには農家の並ぶ、郊外と言っても良いところだった。
 私たちがもう9歳のトミーを引き取る話は急で、日曜にチチと娘(長女)が迎えに行った彼は体の大きい牡(おす)のシェパード。簡単に食事とか扱いを教えられ、「はい、これがリード、これが餌入れ・・・!」という具合に渡されたらしい。シェパードなど、接した経験がないので、その大きさだけでも驚きだったが、子供の頃に犬を飼った経験のあるチチと、動物なら怖いもの知らずの長女がいなければ有り得ないことだった。

 トミーが私たちの家族の一員だと、自らを位置づけるのにおおよそ一週間かかったものと思う。なぜなら、確か96年の夏から夫の両親の家の庭に犬小屋を移転したが、約一週間はよそのウチに来たように大人しく神妙だったのに、それからは庭先を知らない人が通ると吠えるようになったからだ。
 彼を知人から託された時、急だったせいもあり犬舎がないのでしばらくは移動用の狭いバリケンが彼のエリアだった。何日間かはそのバリケンの側を誰かが通る度に、おおきな声で吠えられた。それが、長女・夫から次に私・・・と順番に心を開いて行って、最初のうれしかった瞬間を、忘れられない。
 朝の散歩に娘と二人で出掛けた。娘(長女)が正式な所有者なので、連れてきて以来の散歩や餌やりはほとんど彼女の仕事。慣れ出して来てはいた。近くに高校のグランドがあって人影がまったくなかったので、そこに入りちょっと二人で冒険に挑んでみた。訓練がしっかり入っているのできっと大丈夫だ、と確信めいたものがあった。
 リードを手離してみた。自由に放たれた彼を呼ぶと、ちゃんと帰ってくる。二人が10〜20Mくらいだったか距離をとって、代わる代わる呼んでやると、もううれしそうに走って呼ばれた方へ走り寄ってくるのだ。こんな大きなおじさん犬に不釣合いなくらい、まるで小さな仔犬のように、ウキウキと、まるで背に羽根が生えたかのような様子だった。初めて見る、彼の全身からの喜びの姿だった。胸がじーんと来るのを覚え、彼がいとしく思えた。
 何回かやっていたら、少し後ろ足が変に見えたので、またリードを手にして元の散歩に戻った。でも、もうトミーは家族なんだ、と私達は満足だった。その場にいなくて後で報告を聞いた夫の口惜しがったこととと言ったら・・・
 
 1994年2月13日の日曜日に、松江市のすぐ隣の八雲村の佐藤さんという方から譲られて帰って、次の週末のできごとだった。

第二話 * ドブ川へ飛び込む

 トミーを急遽引き受けることにしたのは、単に頼まれたからではなく、ちゃんとした理由があった。
 それは高校生の長女の進路。娘は小さいころから動物好きで、テレビドラマの影響から、警察犬の訓練士を望んでいたが、ある人から嘱託犬の話を聞いて決めていた。稼業を手伝いながら、自分の犬を嘱託警察犬として使う民間の訓練士になる道を選んでいた。そしていずれ、仔犬を貰って育てるつもりだったのだが、そんな事情からトミーを所有していた佐藤さんが引き取る話をくださった。5月には予定通り赤ちゃん犬も迎えたが、トミーは恰好の、いや、素人には出来すぎるほどのその道では優秀な犬だったのだ。教材と言うより、娘を導いてくれた有り難い伝道師だった。幸運なめぐり合いだった。

  そんなわけで、世話もしたくても、日常彼を散歩させたり食事を与えたりするのは、原則として娘というルールが自ずと決まっていた。ちょっと手出しすると気負っている彼女に睨まれてしまうし、ある程度のけじめはつけて周囲の者は接した。(・・つもりです)
 そんなある日のこと。朝の散歩に出掛けた娘が、やがて何やら大声をあげて帰ってきた。
「お母さん、トミーが大変だよ!トミーが川へ飛び込んだ!」ええーっ、どういうこと?と外に出てみると、そこにはドブ臭ただよう泥まみれになったトミーが・・・
 ここの建物の横には、この付近の農家の人達が水田の水取りや船での移動に利用している幅3メートルはある川があって、ちょうどその頃近くに幅の狭い板橋がかかっていた。その上を娘はお気楽にも、トミーがついてくるものと疑いもせずにリードを離して渡ったのだ。
 犬だけど、水溜りもよけて通るほど、トミーは水が嫌いだったのに、その橋が渡れないと思ったらしい。しかし、ご主人さまについて行くことが我が務めと、なんと飛び込んでしまった!

 トミーは見かけははっきり言って、良くなかった(トミーちゃん、ごめんね!)けど、甘ったれの若い女の子好きのおじさんだった。そして、いちおうシェパードなので見かけは怖そうでも、とても人(犬?)情味のある犬だった。だから、私達はずいぶん楽しませてもらった。水よりももっと狭い橋が怖かったのかもしれないが、訓練された犬の宿命、しっかり服従の行動を見せてくれた。笑うに笑えなかった出会いの頃の思い出です。

第三話 * 初めての競技会

 こんな失敗もしながら、トミーに教えられているようなカタチでだんだん扱いにも慣れてきた。その間、娘は高校を卒業し社会人としてうちの会社に勤務するようになった。
 94年4月10日。初めての競技会に出場。
 競技会というのは、社団法人日本警察犬協会に登録している(犬種:シェパード・ラブラドールリトリバー他7種類)訓練された犬が対象で、地方大会・全国大会などたくさんあるが、この日は鳥取支部主催の山陰訓練王座決定競技会というものだった。
 私達は彼(トミー)の能力を話では聞いていたものの、まだ実感していなかった。宮森さんという松江市内にお住まいで、嘱託訓練士を当時やっていらした方のすすめで、まだ競技の内容・ノウハウも知らない超初心者ながら、娘は出場することになった。事前に境港で訓練所を開いていらっしゃる鷦鷯(ささき)さんの元へ2度だったか、教えてもらいに通ったのだが・・・
 この大会には、トミーを幼少から訓練しその能力を見抜いて育てられた、阿部さんという奈良県生駒市で訓練所所長をされている方が来られる(現在、そちらで娘はお世話になっています)とのことだったので、お会いするという目的もあった。久し振りの阿部さんとの再会がトミーを駆り立てたのか、出場犬中でほとんど最高齢の彼が、すんなりトップをとってグランプリを手中にしてしまった。また、知らない訓練士さん達からは、「あのアルノ(ヤスダ・シ)が来ている!」だの「どうして、アルノを得られたのか?」などの反応をいただき、私達は本当に目を白黒するばかりだった。
 誰にでもすぐ甘えてくる、こののんびりしたおじさん犬にそんなチカラのかけらも見えなかったのに、こうして自分の仕事として向かう時の彼は別だった。もう、会場に着いた途端落ち着かず、目の色まで変わってくるのだった。そうして、上手にできた時に褒めてもらうこと、これが彼にとっての最大の喜びだったに違いない。 
 
 まだまだ甘い考えが娘にはあったので、こんなこともあったっけ。散歩中、どこかの繋がれていない飼い犬を追っかけ、娘の持つリードを振り切ってはるばる・・・・・牡のシェパードなのだから、細心の注意も払いながら、朝夕の散歩はどんな風や雨の日も欠かさなかった。
 5月になると、鷦鷯(ささき)さんのお世話で生後45日たった雌のシェパードも加わり、建物の北側に新設した頑丈な犬舎は朝から晩までにぎやかになった。

第四話 * トミー&シルフィー犬舎

 親から離され、引き取る直前までは同胎のきょうだいと過ごしていた仔犬は、連れて帰った夜は寂しそうに泣くので、夜中、娘が一緒に小屋の中で添い寝してやった。一晩だけだけど。名前はシルフィーと付けた。
 それから約1年間、牝の仔犬はトミーを父親のように慕いながら、時には遊んでもらったりして育っていった。いかにも、慣れたように仔犬を遊んでやるトミーだった。どうしても、赤ちゃん犬が皆の関心を引きがちなので、そんな時は、見て見ぬ振りして拗ねたようにして、反対に自分がかまってもらっている時は得意そうに仔犬の方をチラッと見るトミーだったっけ。
 そんなトミーがシルは大好きだった。犬舎を広くして(境を開くと屋根なしの部分をひとつにできるようにしてた)仔犬の遊べるスペースを確保する時、トミーは建物南側の屋外の木に繋いでたが、犬舎の戸を開こうものなら、トミーの元へまっしぐら飛んでいってしまうシルだった。失敗だったのは、この犬舎は成長期の仔犬にとっては日当たりが良くなかったこと。(しかも、人の行き来が多い駐車場が目の前だったので、吠えてうるさくないよう、目隠しの板をはめ込んだりもした。)

 犬を飼ううえでのマナー、人の迷惑にならないようにすること、そのためのきちんとした躾、幼児期の育て方、など第1号の仔犬に関しては、正直言って・・?・そのあたりは省くけど、トミーがいたから助けられたこともあった。ありがとね、トミー君!

(第1章 オワリ)   
[次頁へつづく・・]               ▲▼次のページ